聖書通信講座を受講し始めてくださった
女性の方からのメールです。
神を信じて教会に行ってますが、
疑い迷い不信仰になり、いきづまっています。
「これだ」と、確信がほしい感じです。
あわててよけいに落ち込みそうです。
なかなか聖書もゆっくり読めなく困ってます、
深く読めていません、軽く読んでるみたいです。
むなしく、悲しくなります。祈るのみです。
助けてください、と叫びたくなります。

「神を信じて教会に行っています。」
そう書き始めてくださいました。
でもすぐその後に
「疑い、迷い、不信仰になり、行き詰まっています」と。
実はね、それが信仰者の歩みの姿なんです。
私たちは「信じてる」って思いながら、
「本当は信じてないんじゃないか」って迷い、おろおろする・・・。
でもやっぱりそういう私を神様にゆだねるしかないと言って神様に戻って、
でもまた疑い、迷い・・・。
それが私たちの姿なんですね。
本当に私もまったく同じなんです。
疑い深い私でしかない、「信じた」と言いながら、
信じていない不信仰な者、私はそういう者です。
そういう私を神様が招いて、
「あなたはわたしの愛する子」と言ってくださっているのですね。
その神様に、「ありがとうざいます。
どうぞ私を憐れんでください。私は罪深い者です。」
そう言って、ひれ伏す。
それ以外に私たちにできることがあるでしょうか。
「もう自分は疑うことなんかない」
なんて言える人はいるでしょうか。
私たちの側には確固たるものはないんですね。
ただ確固たる方を信じるのですね。
だからどうぞ朝ごとに「神様、私をあなたにおゆだねします。
私をあなたにおささげします。」そう祈り続けましょう。
私もそう祈り続けているんです。
そして夜には、ささげきっていない一日を振り返って、
「神様、どうぞ赦してください。
でも私はあなたに自分をささげたいのです。
明日また、新しい一日を与えてください。」
そう祈って床につきます。
「空しく、悲しくなり、祈るのみです」
とおっしゃるあなた様の祈りを、
神様は待っていらっしゃるから、ご一緒に祈り続けましょう。

(約10分)
posted by FEBC staff at 09:00
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