今一番楽しみにしているのは「魂のゆくえ」です。
ある時の放送は、私たちの最期について。
日本人の死生観では、「自然」に戻っていく、自然の流れの中にかき消えていくという思いがある。
しかしそれだけではとても済まされない思いが私たちの心の底にはあるということ。
それを聖書の福音理解では、私たちが誰であるかを神様が知っていて、
一人ひとりの名前を呼んで、とらえて導いてくださるというお話でした。
特に印象に残っているのは「去り行かないお方」の回です。
私は今、病気の主人を支えなければならないのに、
すぐ怒ったり、冷たかったり、もう鬼のような私だといつも思うのです。
改めようと思うのに、どうすることもできなくて、
どうしたらいいのかなぁと思っている時に聴きました。
「サマリア人のたとえ」を取り上げて、
自分では一生懸命であっても限界がある。
結局私たちは過ぎ行かざるを得ない者であると。
私も、これはどうしようもないこと、運命だ、と逃げてしまう者ですが、
そのどうにもならない中で、あきらめに終わってしまわないで、
通り過ぎないお方の恵みにもう一度励まされて、
神様の大きな関わりの中に包まれて、
何か一つでも、少しでも、神様のお役に私を用いてくださいと。
私だけではどうすることもできないと思い知らされている毎日ですが、
そのところに「わたしに任せなさい」と言ってくださる神様が
いつも側におられることを思い、過ごしたいと思いました。
先日、思い切って主人に「教会へ行ってみたいと思うのですが…」と言ってみました。
そうしたらなんと
「何もキリスト教は悪くない!行こうと思うのだったら行ったらいいと言っているだろう」
ですって!
本当にびっくりしてしまいました。今まで聖書や放送について何か言っても、
いつも聞こえない振りをして一言も返事がなかったのですもの。
主人は、「教会」は月一回のお寺参りのようなものと思っていますので、
「毎週行きます」なんて言うとそれこそびっくりしてしまうと思います。
でも私にとってはすごいことでしたので一寸書かせていただきました。
そこで、教会を紹介していただけますでしょうか。
よろしくお願い致します。
ご主人様のお口から「行ったらいいだろう。」そんなふうに言っていただけるとは思いもよらなかった!
その驚きが伝わってきました。
そのようにご主人様のお心が・・・


番組パーソナリティの吉崎恵子です。皆様からのお便りに声のお返事をしてもう35年くらいでしょうか。あなたからのお便りもお待ちしています!

