単身赴任中の男性の方からのお手紙です。
マタイによる福音書21章、22章を読みました。
「聖書は自分の心を映す鏡」という言葉を聞いたことがありますが、
今回の章の中にもそのように感じるところがありました。
まず、21章28節からの「二人の息子」のたとえの中の弟の台詞に基づいてガイドに記載されている
「絶対に本心の自分を神に渡さない」というところです。
私は、礼拝で説教を聴いてうなずき、聖書を読んでうなずき、
FEBCの放送を聴いてうなずきはしても、
いざ日常の生活でかかる場面に直面すると、
自分の利害や欲得が前面に現れてしまうことが少なくありません。
我執、自己中心、すべてが自分のためという姿勢は
私の生き方そのものであり、
そこをこれほどまでに指摘糾弾されてしまうと、
キリスト教徒として「振り出しに戻る」あるいは
「戦力外通告」を受けたような感覚に陥ってしまいそうです。
しかしながら、
信仰は死ぬまで留まることのない求道者であり続ける謙虚さが生命線
というガイドの言葉は、
渇ききった私の心に投げかけられる
芥川龍之介の「くもの糸」(この話は仏教の話ですが)のようにも感じました。
なにか、信仰というものの捉え方が間違っているようにも思えるのですが、
よくわからないのが実情です。
ほんとうに私どもは、清いお方に出会い、
そして、あるべき姿を聖書の中に見ますと、
自分は程遠い存在だって…


番組パーソナリティの吉崎恵子です。皆様からのお便りに声のお返事をしてもう35年くらいでしょうか。あなたからのお便りもお待ちしています!

